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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)144号 決定

抗告人

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

梅村裕司

外五名

相手方

戸田勝秀

右法定代理人親権者兼相手方

戸田舜子

右両名訴訟代理人

森田昌昭

神部範生

主文

本件抗告を棄却する。

理由

第一申立並びに主張

一  抗告の趣旨

「原決定を取消す。本件文書提出命令の申立を却下する。申立費用は相手方らの負担とする。」旨の決定を求める。

二  抗告の理由

原決定四枚目裏五行目から同七枚目裏四行目までに摘示されているところのほか別紙(一)記載のとおりである。

三  抗告の理由に対する反論

別紙(二)記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一原決定別紙目録記載の文書を抗告人が現に所持していることは抗告人の明らかに争わないところであり、本件記録によれば、本件訴訟は、昭和四四年八月六日午前一〇時三〇分頃茨城県東茨城郡小川町百里所在の航空自衛隊百里基地の東方約一九マイルの海上で発生したF一〇四Jジェット機の墜落事故によつて死亡した航空自衛隊所属の自衛官であつた戸田泰義の相続人である相手方らが抗告人を被告として、抗告人の亡戸田泰義に対する安全配慮義務違反を理由として損害賠償の請求をしている事件であつて、右訴訟における争点並びに本件文書の趣旨が原決定八枚目裏二行目から同九枚目表初行までに説示されたとおりであることを認めるに充分である。

判旨 二そこで、本件文書が相手方らが主張するように民訴法三一二条三号後段の文書に該当するかどうかについて検討するに、右条項にいわゆる「法律関係ニ付作成セラレタル」文書とは、挙証者と文書所持者との法律関係それ自体を記載した文書又は右の法律関係に関連ある事項を記載した文書であつて、所持者がもつぱら自己使用の目的で作成した文書以外の文書をいうと解すべきであるが、例外として、所持者が自己使用の目的で作成した文書であつても、その文書の作成経緯に照らし、その文書を挙証者の立証に使用させないことが著しく信義ないし衡平の原則に反すると認められるときは、その作成目的にかかわらず、その所有者は、前記の法条に従つて、その提出義務を負担するにいたるものと解するのを相当とするところ、これを本件文書について見ると、本件文書が「航空事故調査及び報告に関する訓令(昭和三〇年五月二六日防衛庁訓令二五号)に基づき設置された航空自衛隊の航空事故調査委員会が同訓令の定めるところに従つて前記の墜落事故の概要、事故の原因について調査を行い、その結果並びに事故防止方法に関する意見その他を記載して航空幕僚長に提出したものであり、右訓令及び前記墜落事故後に発せられた「航空事故及び地上事故の調査及び報告に関する達(昭和四六年三月一五日航空自衛隊達九号)」によれば、本件文書は、前記の墜落事故の実態を明らかにし、同種の航空事故の再発の防止のために使用することのみを目的として作成されるものであつて(前記訓令前文及び八条並びに右達三〇条の規定を参照)、右の目的以外に使用することは原則として制限され、部外者がする閲覧は、航空事故調査委員会の委員長及び事故発生部隊等の長が航空事故の調査内容について航空機製造関係会社の代表者から説明を求められた場合に航空幕僚長の承認を得たときに限り航空事故調査報告書等のうち関連ある器材若しくは技術に関する資料についてのみ許されるのであつて、もとより一般に公開を予定していないことが本件記録上明らかであり、この限りにおいては、本件文書は自己使用のみを目的として作成された抗告人の内部文書であつて、民訴法三一二条三号後段の文書には当らないと見得る余地がないではないのである。

しかしながら更に検討して見ると、前記の訓令及び達によれば、航空事故調査委員会は、抗告人の職員のみによつて構成され、この調査委員会の調査に当つては相手方らが参加し得る余地は全くないのであるし、航空事故の性質、態様並びに事故による損壊資材は、航空事故調査委員会による調査の終了後すみやかに事故現場から除去されるものである(前記訓令一一条)ことからすれば、相手方らが後日にいたつて独自の立場と費用によつて、当該事故の原因究明のための調査をすることができないのは当然であり、その意味においては、本件文書は、前記墜落事故発生直後における事故原因等についての公的機関による組織的な調査の結果を客観化し保存している唯一の文書ということができるのであり、もちろん現時点において、右事故調査に参加した抗告人の職員を証人として尋問することは可能であるが(現に本件においても抗告人が主張するように、これらの職員についての証人尋問が施行されたことは、本件記録によつて明らかである。)、その証言が、前記墜落事故が昭和四四年八月に発生し、しかもその直後に行われた事故調査についての証言であることにかんがみれば、その精度において本件文書の記載内容よりはるかに劣るであろうことは推認するに難くないのである。それのみならず、相手方らが抗告人を被告として現に追行している前訴訟において、抗告人は、抗告人の亡戸田泰義に対する安全配慮義務違反の存在については、そのすべてを争つているのであるから、相手方らは、右安全配慮義務違反の内容を特定し、かつ右義務違反に該当する事実のすべてを主張立証しなければならない(最高裁第二小法廷昭和五六年二月一六日判決、民集三五巻一号五六頁)にかかわらず、前記のように事故の態様上自ら証拠を採取することは不可能なのであり、これと国の国家公務員に対する安全配慮義務が信義上の義務に由来するものであること(最高裁第三小法廷昭和五〇年二月二五日判決、民集二九巻二号一四三頁)を考え合せると、抗告人が前記の内容の記載があると推認できる本件文書を所持しながら、これを相手方らの立証に使用させないことは、著しく信義にもとり衡平の原則にも反するものといわざるを得ないのである。

それ故本件文書は、前記のように抗告人の内部文書であるにかかわらず、抗告人は、前記法条による提出義務を負担すると認めるのが相当である。

三抗告人は、本件文書の提出は重大な国家的利益を侵害する旨主張するのでこの点について検討して見るに、前記認定の本件文書の趣旨並びにその性質からすれば、本件文書の記載内容中に防衛上の秘密その他の重大な国家的利益に関係がある事項の記載を含み得ることは当然であり、もし本件文書にそのような記載が存在するならば、抗告人がその旨を具体的に主張し疎明することによつて、その部分についての提出義務を免れることができると解すべきことは、民訴法二七二条、国家公務員一〇〇条の各規定の趣旨に照らして当然というべきであるが、抗告人らの主張するところは、国家的利益の侵害される可能性を抽象的に云々する以上のものではないことが、その主張自体によつて明らかであつて、前記の場合に該当するものではないから、すでにこの点においてこの主張自体を失当とするほかない。

四抗告人らは、以上のほか本件文書の提出命令の申立自体が必要がない旨主張するが、提出命令の必要性の有無の判定は、訴訟指揮上の問題であつて、判決裁判所の専権に属するものであるから、その判定の当否は、これを適法な抗告理由とすることができない。よつて、この主張自体失当とするほかない。

五以上のとおりであつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(廣木重喜 寺澤光子 原島克己)

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